民間療法や俗説、漢方や東洋医学などを批判すると、「理屈っぽい」とか、「患者の気持ちを理解していない」などとしっぺ返しを喰うことがある.それでも、それらが日常の診療に問題を生じさせていることをしばしば経験するので、つい強くいってしまう.
患者が周囲にいる人達から、善意を装った無責任な治療法のアドバイスを受けることなどは,患者自身が病気を軽視してしまい、不幸な結果を招くことさえある.特に糖尿病、慢性肝炎、関節リウマチなどの長期療養を要する病気は、民間療法(代替え医療・非証明医療)がつけ込みやすい領域と思われる.しかも、それらは大部分が流行的,伝聞的なものであるにもかかわらず、である.今後、こうした中から有効な治療法が現れる可能性をまったく否定できるわけではないが,それは患者と医者の両方を充分に理解させるだけの合理性を持ったものでなければならないと考える.
専門医が勧める新薬は、十人に投与して五人に有効であっても効かないと批判するのに、何千人
、何万人にも試され何人に有効であったかも確認できないものに飛びついてしまうのは、複雑な患者の心理状態を反映しているのだろう.しかも、そこに意図してつけ込む悪徳業者がいたり、自身のやっていることに疑いさえ抱かない施術者がいたりするのも困ったことである.
民間療法が、患者の心理面にたいする、「癒し」という部分ではある程度の比重を占めていることは想像できるが、その評価を正しく行うのは難しい.うそやごまかし、根拠のあやふやなものは排除されるべきで、有効性の証拠を正当な方法で示すことは重要かつ必然である.この点が、あまりにおろそかにされすぎ、「歴史が証明している」というような、むしろ科学的な検証を行わないことを当然のように強調し、作為的に神秘性を感じさせようとする人達がいるのも驚きである.
西洋医学だけが完璧で、究極的で、絶対的な正当の医療であり、民間療法、東洋医学はすべて排除されなければならない、といっているわけではない.同じことは、西洋医学にも要求されていることである.Evidence
Based Medicine(EBM)として、治療の生命予後にたいする有効性を大規模無作為試験によって明確にすることが重要視されるようになっている.
ところが、「オレの注射は一発で治るから…」とか「うちにはいい薬があるから…」等と振り回されやすい患者の心理を巧みにとらえて、患者集めをする医者がいるのも事実である.その程度の話が、素人には受け入れられやすく、物わかりがいい医者等と評判になったりするのは、日本に特有のことなのだろうか.“真実”と“バイアスや偶然”を見分ける能力に乏しいのは、日本の教育上の問題点と指摘されている
Liberal arts の貧困さ、とりわけ理数系の知識水準の低下がその一因なのだろうかと、私は危惧している.詰まるところ、これが日本の民度なのだろうか.
