「先生に命を預けていますから,・・・」とは,患者に信頼された医者冥利に尽きる言葉のようにも聞こえる.しかし,最近のインフォームド・コンセントやガン告知等の情報開示という行き方とは少し矛盾するようにも思える.こうした欧米風のやりかたは,日本の民度の現状にはなじまない方法ではないかと危惧している.立花 隆も,「知的亡国論」(文芸春秋9月号,1996)の中で,日本人の知的水準の低下,とりわけ科学的知識に関するそれの低下を憂えている.
テレビ番組やコマーシャル,新聞の報道や広告,低俗な内容の雑誌記事等には,ほとんど無知としか思えない非科学的(非医学的)な情報が氾濫している.そして,知識階層と言われる人たちも,ほとんど無批判にそれらを受け入れているのには目を覆いたくなる.栄養剤や健康食品に対する過度の期待や,漢方薬に対する理想の薬かのような思い込みはいったいどんな科学的常識の上に形成されるのだろうか.臨床医ですら,新薬が発売されると,ほんの数例の患者に投与した印象でその薬の評価を下してしまうことがある.「この薬は切れ味がよい」,とか「副作用が多い」とか.
しかしながら,難病と言われる慢性関節リウマチでも,発病2年後の自然緩解率が30%前後あるという報告
もある.軽々しく薬効の評価などできないことは,科学的な解析法の重要性を認識していれば陥ることのない
pitfall (落とし穴)であろう.
最近,健康保険に薬剤情報提供料という算定項目が新設された.しかしながら,副作用の情報に対しては過剰の反応を示しすぎて困ることがある.副作用に注意して病状を観察し治療するのが医者の任務であることをほとんど理解せず,今まで毒を盛られていたかのように誤解する患者さんもいる.これを啓蒙するのも大切な医者のつとめなのだろうが,あまりの理解力のなさにほとほとあきれ果ててしまう事もある.
「すぐに注射や点滴をしてくれるのはよい医者」,「酒を勧めてくれる医者は話が分かる」と,仮想の名医を求め続ける患者さんを満足させられる医者はきっと繁盛するのだろうが・・・.
