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Essay
“二重ラセン”の発見から半世紀




ハナダイコン
 

順天堂医学 51:430-431,2005

「大学院生らが発表した、わずか1ページの論文がノーベル賞を受賞した(1962年)」という話を生物の先生から聞いたのは、高校一年生の時でした.言うまでもなく、これはワトソンとクリックのDNA・二重ラセン構造に関するもの(Nature,1953年)です.「評価は、論文の長さではなく、その内容による」という恩師の論評も強く記憶に残っています.DNAさえも良く理解できなかった高校生にとって、超一流の研究成果を熱く話してもらえた事は、生物学に興味を持ち、医者を志す契機となりました.

順天堂大学に進み、生化学の実習で二重ラセン構造の模型を作りました.粗末なプラモデルを組み立てるようで四苦八苦した事も、今となっては懐かしい思い出です.担当の山下辰久助教授(当時)は、海外留学から帰国したばかりで一年中ループ・タイをしめていたのが印象的でした.たった四種類の塩基の組み合わせによるトリプレットでアミノ酸がコードされており、RNAを介してその暗号を解読後、蛋白質が正確に合成される事を学びました.巧妙に仕組まれた自然のカラクリを知った時には、ハードボイルド仕立てのスパイ小説でクライマックスを迎えて味わうような痛快さがありました.その仕組みは、自己複製(遺伝)の機能に他なりません.生命の歴史における自己複製子(DNA)の出現は、その後延々と続く進化と自然選択(淘汰)の出発点だったのです.

“二重ラセン”発見以後の半世紀で、遺伝学や分子生物学などの研究分野は加速度的な進歩をとげました.ご存じのように、遺伝子組み換えやクローン技術等の応用で、ヒト型インスリン、インターフェロン、エリスロポエチン等の生物学的製剤はすでに実用化されています.日頃の診療でも、それを意識することなく処方しています.私がたずさわる関節リウマチの治療では、関節炎を引き起こすサイトカイン(TNF-αなど)の活性をコントロールする薬剤を作成(創薬)する試みが始まっています.日本でも、最近相次いでこれに関連した生物学的製剤の使用が認可されました.これまで難病といわれてきた疾患の治療に、革命的な変化がもたらされるだろうと期待されています.

DNAの配列は、種が違っても類似した機能を担う部分の配列が互いによく似ていることもわかりました.この特徴を利用してヒト・ゲノムの解析は効率よく進められ、予想よりも遙かに早く、奇しくも2重ラセン発見の50周年目に当たる2003年に完了しました.その間、ゲノムの特許紛争などもありましたが、すべての研究者が自由にそのデーターを利用できるような国際条約も出来ました.ヒト・ゲノムの解析を進めていたアメリカの民間企業(セレーラ・ジェノミクス社)は、早々と創薬研究の会社に改組されました.いつ、どこで、どの遺伝子が働くのかといった、ゲノムをコントロールするメカニズムの解明が主役に変わりました.

ワトソンらの近著『 DNA 』(1 によれば、ヒト・ゲノムの配列解析がすすむにつれて遺伝子の数は、必ずしも高等生物になるほど多くなるわけではないということが明らかになりました.ヒトの23対の染色体上に配置された遺伝子の数は、およそ3万5千個と判明.これは解析以前に予想されたおよそ十万個という数に比べると遙かに少なかったのです.一方、全身がわずか959個(ヒトはおよそ百兆個)の細胞で構成されるエレガンス線虫という極めて単純な生物でも、遺伝子の数はおよそ2万個ありました.高等で複雑な生物であるヒトの遺伝子数が線虫の2倍にも及ばないのは不思議だと考えるのは、私だけの思い上がりでしょうか.ヒトの遺伝子数が少なくてもすむ理由のひとつとして、複雑な機能を実現できる知的な脳が存在するからだろうと説明されています.つまり発達した脳神経系がもつ鋭い感覚や大きな運動能力で幅広い反応が可能となり、遺伝子の支配が相対的に少なくても高次な身体機能が実現できるのです.

蛇足になりますが、多田富雄氏の著書『生命の意味論』(2 には、この線虫のことがもう少し詳しく述べられています.一個の受精卵が分裂して正確に959個の細胞で構成される成虫になるまでの時間はたった16時間.分裂した細胞のどちらから成虫のどの細胞が出来るかという系譜が完全に解明されています.体長1.2mmの大きさにもかかわらず、エレガントという名前にふさわしくこの分野では魅力的な研究材料なのです.

さて、私たちが直接経験したこの数十年間だけでも、ヒトの知識や技術が幾何級数的に進歩し続けてきたことは明白です.ところが、他の種とりわけ知能が高いチンパンジーにさえも、生活上の著しい変化は認知できません.惑星に探査機を送るような技術の進歩やコンピュター・ネットワークの発達などは、少し前には想像もされなかった事です.確かに、獲得した知識や技術の情報などが遺伝することはありません.ヒトの進化とは別に、それは遺伝子以外の場所に蓄積されてきました.文化的情報を子孫に伝える様子を遺伝子に例えたミーム(meme;別種の自己複製子)という概念 (3 があります.それは思想や観念、音楽やファッションなどといった情報の蓄積です.ミームは、模倣などで脳から脳へ伝わり、自己複製(記憶)されます.その上、物理的な遺伝子よりも格段に進化が早いのです.実体としては、語られる言葉、書かれた文字によって達成されていると考えられます.ヒトは言語と文字を自由に使いこなす能力に長けています.育ちの段階で蓄積された情報を効率よく理解して集積し、創造力を働かせることも出来ます.その結果として、他の種との圧倒的な差が生まれた事に疑いの余地はありません.

ところで、言語に関係する遺伝子はヒトに固有のものではなく、チンパンジーやゴリラにも存在することが確認されています.そのひとつであるFOXP2という遺伝子でコードされた蛋白質のアミノ酸715個のうち、ヒトとの違いはわずか2個だというのです.情報を子孫に伝えるために、言語や文字など遺伝以外の優れた手段を持つことが、“出来た”か、“出来なかった”かの差が、遺伝子の極めてわずかな部分の違いに支配されていたとも考えられるのです.

参考文献

  1. ジェームス・D・ワトソン, アンドリュー・ベリー: DNA −すべてはここから始まった−(青木 薫=訳). 講談社( 東京), 2003.
  2. 多田富雄:生命の意味論. 新潮社(東京), 1997.
  3. リチャード・ドーキンス:利己的な遺伝子(日高敏隆、他=訳). 紀伊國屋書店(東 京), 1991.

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